苦難の道を歩んだ不妊治療日記
自己紹介
現在36歳。東北すみ子。名前の通り、東北に住んでいます。
仕事は事務職です。
若かりし頃は、25歳に結婚をして、28歳までには出産したい、と思っていました。
しかし気が付いたら、30代に突入。
仕事は楽しい。でも、妊娠出産にはタイムリミットがあるし、ここで真剣に考えないと後悔するような気がする、という静かな焦りに襲われました。
頑張って婚活をして32歳で結婚。結婚が決まってからはすぐ妊活を始めました。
しかし一向に妊娠する気配がなく、仕事と治療の両立が難しくなったため、私は当時正社員で働いていた仕事を辞めました。
しかし、仕事をしていない人間への風当たりは強く、「不妊治療」宣言をするのもまだまだハードルが高い。治療のことは親にも言わず、近しい友人にしか話しませんでした。
「そもそも不妊治療をしてまで自分の子どもが欲しい?」「仕事を辞めてまで、大金をつぎ込んでまですること?」と日々自問自答をしていました。治療はもちろんツライことが多かったですが、同じくらいメンタル的に悩むことが多かったです。
私は結果的に体外受精をして妊娠することができましたが、「子どもがほしい」と思ってから不妊治療クリニックの卒業までには4年もかかってしまいました。
妊活や不妊治療はまだまだアンダーグラウンドな世界で、偏見や誤った先入観を持つ人も多いです。だから、あまり公の場に不妊治療の情報が出てくることはありません。
そのため、私の情報収集はもっぱらネット検索。もちろん病院での診察時や不妊治療の雑誌から情報を得ることはできました。しかし、ずっと感じていたのは情報が少ないということでした。
その中で、数々の先輩ママたちのブログやクチコミ情報を見ました。
ちなみにママリはすごく役立ちました。
アプリをインストールしており、いまだに日々チェックしています。
もちろん、それぞれの方の経験談なので、医学的に認められた情報ではありませんが、私にとってはそこでの情報が自らの妊娠につながったことも多かったです。
先輩ママたちの考え方を知り、毎日暗い気持ちで過ごしていた心が軽くなることも多かったです。
不妊治療は一人一人状況が違うので、必ずしも「これが正解」という治療はありません。私自身もいろいろな情報を調べて、取り入れられるものは次々に試し、自分に合った治療を経たからこそ、不妊治療CLを卒業できたと思っています。
私の4年間の記録が、だれかの妊娠に繋がったり、だれかの心を少しでも軽くできたなら嬉しいです。
私の妊活ストーリー
- 妊活ステージ1 自己流妊活期
結婚が決まってから、自己流妊活を1年ほど。
- 妊活ステージ2 近所の婦人科通院期
それでも妊娠する気配がなかったので、近所の婦人科に通いました。
「多嚢胞気味」という診断を受けますが、とくに問題はなく。
- 妊活ステージ3 不妊治療専門クリニック通院期
近所の婦人科で不妊治療専門クリニックの受診をすすめられ、不妊治療専門クリニックに通いだして3年。タイミング法、人工授精、体外受精をやりました。
治療途中で「多嚢胞気味」「慢性子宮内膜炎」「潜在性高プロラクチン血症」が見つかりました。
心拍確認前の稽留流産を一度経験し、4回目の移植で不妊治療専門クリニックを卒業することができました。